諸葛 均(しょかつ きん、生没年不詳)は、中国後漢末期から三国時代にかけての人物。蜀漢に仕えた。泰山郡丞諸葛珪の子。呉の諸葛瑾・蜀の諸葛亮の弟。 幼い時に父と生母の章氏が亡くなり、兄の諸葛亮と共に従父(叔父)の諸葛玄を頼った。やがて、その叔父も劉繇と争い、笮融が煽動した西城の住民反乱で戦死すると、諸葛亮と共に荊州の劉表を頼った。 以降は兄と南陽郡の隆中で暮らしたが、後に諸葛亮が劉備に仕えると、彼も劉備の家臣となった。長水校尉にまで昇進した。 三国志演義 通俗小説『三国志演義』では、劉備らが諸葛亮の下へ赴いた時に登場し、初対面の劉備に諸葛亮本人と勘違いされている。諸葛亮が劉備の下へ赴いた後は、隆中の家の留守を命じられており、後に荊州へ侵攻した曹操が諸葛亮の家族の捜索を始めた時には、兄から事前の指示があったため辛くも逃れたことになっている。兄と同じく劉備へ仕えることにしたかどうかは、物語中では言及されていない。 家系図 ● ┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓ 諸葛珪 諸葛玄 ┣━━━━━━━━━━━┳━━━━━━━━━━━━━━━┳━━━━
| 字 | 字 : |
|---|---|
| 出身 | 出身地不詳 |
人物紹介
諸葛均は三国志に登場する人物です。諸葛 均(しょかつ きん、生没年不詳)は、中国後漢末期から三国時代にかけての人物。蜀漢に仕えた。泰山郡丞諸葛珪の子。呉の諸葛瑾・蜀の諸葛亮の弟。 幼い時に父と生母の章氏が亡くなり、兄の諸葛亮と共に従父(叔父)の諸葛玄を頼った。やがて、その叔父も劉繇と争い、笮融が煽動した西城の住民反乱で戦死すると、諸葛亮と共に荊州の劉表を頼った。 以降は兄と南陽郡の隆中で暮らしたが、後に諸葛亮が劉備に仕えると、彼も劉備の家臣となった。長水校尉にまで昇進した。 三国志演義 通俗小説『三国志演義』では、劉備らが諸葛亮の下へ赴いた時に登場し、初対面の劉備に諸葛亮本人と勘違いされている。諸葛亮が劉備の下へ赴いた後は、隆中の家の留守を命じられており、後に荊州へ侵攻した曹操が諸葛亮の家族の捜索を始めた時には、兄から事前の指示があったため辛くも逃れたことになっている。兄と同じく劉備へ仕えることにしたかどうかは、物語中では言及されていない。 家系図 ● ┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓ 諸葛珪 諸葛玄 ┣━━━━━━━━━━━┳━━━━━━━━━━━━━━━┳━━━━
登場箇所
- 雪千丈
- 立春大吉
- 出廬
※本記事は吉川英治『三国志』のテキストデータを元に自動生成しています。

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